シリアに取材に向かおうとしたジャーナリスト杉本祐一さんが、外務省からパスポートの返納命令を受けたことが報道されています。
（２月１２日毎日新聞）＜旅券返納＞「人生そのもの否定される」杉本さんが記者会見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150212-00000020-mai-soci
○外国に旅行する自由は憲法上認められています
みなさんは海外旅行したことがありますか？
海外旅行ができるって、憲法なんかなくたって当たり前のことじゃないかと思われるかもしれませんけれども、ちょっと日本史の授業を思い出してみてください。
江戸時代には「鎖国」という制度があり、日本人が外国に行こうとすると死刑でしたよね。
なので、実は海外旅行なんていう身近なことも、憲法で保障された権利なんですよ～、と憲法カフェでよくお話ししています。
外国旅行する自由というのは、憲法２２条２項の「外国に移住する自由」に含まれるということで、最高裁の判例もあります。
パスポートがなければ出国できませんから、杉本さんの海外旅行の自由が制約されたということです。
○取材の自由の制約でもあります
杉本さんは、シリアでＩＳＩＳから解放された地域を取材しようとして、
外務省からシリアに行かないように要請された後、パスポートの返納命令を受けました。
返納命令によって、海外に行くことができなくなり、シリアで取材することができなくなったわけですから、取材の自由が害されたということです。
○人権を制限することができる場合って？
あすわかのページをいつもご覧になっているみなさんには耳タコだと思いますが、
憲法で認められた人権を制限することができるのは、「公共の福祉」に反する場合に限られます。
公共の福祉というのは、人権どうしが衝突する場合に調整するための理論です。
ひらたく言えば、Ａさんの人権を守ろうとするとＢさんの人権が侵されるというとき、
Ａさんの権利よりもＢさんの権利がより重要だというときには、
Ａさんの権利が実現されなくてもしょうがない（つまりＡさんの権利を制限することができる）というわけです。
報道によると、外務省は、シリアに入国すれば杉本さんの生命や身体に危険性が及ぶ可能性が高いことを理由に、
パスポートの返納命令をしています。
他人の人権を侵害する危険があるから、ではありません。
「公共の福祉」によって制限することができる、と読むのは無理があるように思います。
○自民党草案ではどうなるか
２０１２年４月に自民党が発表した憲法改正草案は、
人権を制限することができる場合を「公共の福祉」ではなく、
「公益及び公の秩序」に変更しています（草案１２条、１３条）。
「憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした」と説明されています。
とすると、今回のようなケースは当然、人権を制約できる場合にあたる、となってしまいそうですね。
外務省が日本の国策のためにシリアに行ってほしくないから行くな、という話が通用してしまいそうです。
○紛争地域での取材の制限は何が危険か
取材をしないと報道はできませんよね。
現地で取材をして、それを電波や紙面に載せてくれる人たちがいるからこそ、
私たちは現地で何が起こっているか知ることができます。
取材や報道がなければ、何が起こっているかもわからないままなのですから、
私たちはその問題についてどう考えるのか、政府に対してどう意思表示するのか、
態度を決めることもできませんよね。
取材や報道の自由は、民主主義が民主主義として機能するために不可欠な自由なんです。
紛争地域だからと、ジャーナリストに対する出国禁止が横行した場合、
そこで何が起きていても隠されてしまう、なんていうことになりかねません。
政府が、ジャーナリストに当該地域での取材を禁じる一方、そこに自衛隊を派遣して、
何をやっていても国民にはわからない、などということもやろうと思えばできてしまう。
国民は、自衛隊派遣に賛成か反対か判断する材料もない、ということになってしまうのです。
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