国防軍の権限ってどんなもの?

「国防軍の創設といっても、現に軍隊としての能力のある自衛隊があるわけだし、それが国防軍に名前を変えるだけで、今と変わらないんだからいいんじゃないの?」
という声をよく聞きます。

そこで、自民党改憲草案が提案する国防軍の権限を、いくつか見ていきたいと思います。

①「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための活動」(草案9条の2第1項)。
草案9条2項は、集団的自衛権を正面から認めているのですから、国防軍の活動範囲が現在の自衛隊よりも格段に広がることは明らかです。

そして、草案は、国防軍が出動するために、国会の事前承認が必要とはしていません。最高指揮官である内閣総理大臣の判断によって戦争に踏み切ることが可能となっているのです。
一般によく戦争していると思われているアメリカですら、「戦争の宣言」を連邦議会の権限としていますから、アメリカよりも好戦的な規定ぶりとなっています。この点については、長谷部恭男教授(東京大学)が、朝日新聞への寄稿(今年2月14日朝刊)で批判しています。

②「国際協力活動」(草案9条の2第3項)
自民党Q&Aでは、「国際協力活動」として海外に派兵した場合でも、軍隊である以上、武力を行使することも制裁行動をすることも可能であるとしています。
これでは、「国際協力活動」を名目として、ほぼ制限なく武力行使が可能ということになってしまいます。
自民党の説明には、武力の行使について抑制的な姿勢は全く見られません。

③「公の秩序を維持する活動」(治安維持活動。草案9条の2第3項)
国防軍の権能の中には「公の秩序を維持する」活動が含まれています。自民党が作成したQ&Aでは、これを「治安維持」活動であるとはっきり述べています。
これを聞いて、戦前の治安維持法を思い出される方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

たとえば、国内で大規模なデモや集会が行われたとき、「治安維持活動」として、国防軍がやってくるかもしれません。
草案21条2項で、表現の自由についても、目的が公益および公の秩序に反する場合は、その自由を認めないとして、表現の自由に対する制約をとても広げています。
この21条2項と、国防軍の治安維持活動の権限が合わさったとき、何が起こるでしょうか。

国防軍が、デモをしている人たちに銃を向ける、そんな日が、来ないとも限りません。
少なくとも、自民党草案の条文上は、これができる規定ぶりとなっているのです。

ある憲法学者の懸念

自民党改憲草案って,このブログでも書いているように,いろんな観点からほんとにいろいろと突っ込みどころがあるものです。

この自民党改憲草案については,いろいろと見方があって,「自民党が野党自体に好き勝手つくったものだから」とか,「本気でここまでの内容の改正をするつもりまではないのだろう」とか言われることがあります。
(好き勝手作ったものだからこそ,自民党の意図がわかりやすいと言われることもあります。)

ただ,先日ある憲法学者の講演を聞きにいったときに,
『自民党改憲草案っていうのは,ほんとうに問題が多いと思う。だけど,例えば政権を握った与党として自民党が一番新しい自民党改憲草案ほどは変えていない案を出してきたら,
国民は「ああ,これなら前よりはいいし,大丈夫だよね」
って問題点を直視しないまま思ってしまわないか心配』
というようなことを言っておられました。

うーん,確かに伝え方によってはそのようにとらえられることがあるかもしれないなあと思いました。

私たちは,自民党改憲草案の内容やその怖さを伝えるとともに,憲法の役割とか意義をわかりやすく伝えていかなければならない,あらためてそう思いました。

最近,憲法改正について特に96条改正に関する報道なんかをよく目にします。
憲法についてよくわからないなりに関心を持っている人もいるはずだから,今こそ憲法の価値とか意義とかを伝えていけるチャンスなのではないかと思っています。

人権侵害ってあるの??

本日、講演をさせていただいたのですが、
そのときの内容はまた後日にさせていただき

その講演の前になされていた報告について書きたいと思います

いろんなところで講演をさせていただくのですが、

たまに、
人権が大切って言われても人権のことがよく分からない
歴史のことを言われても、いまとは違うんじゃないでしょうか?
という指摘を受けます

う~ん(^_^;)

人権って、侵害されてるって実感がないと、
本当にあるのかどうかすら分からないんですよね

無味無臭っていうか、
空気みたいなものっていうか。

でも、明らかに人権侵害だろって分かることもありますよね。
例えば、
現在でも、「民主化をすすめよう」というだけで、軟禁される国があったりしますよね
女性は車を運転してはいけないって国があったり
宗教が違うってだけで迫害を受けたり
これらが人権侵害だっていうのは、分かるんですよね
だって、日本にいる自分たちの当たり前さえ認められていないですからね。

逆に言えば
他の国では当たり前にできるけど日本ではできないことがあれば、それは人権侵害にあたりうるってことですよね。

例えば、
日本では、生活保護を受けられずに、餓死する、ってことがあります
札幌でも昨年、そういったことがありました。

例えば、
日本では、学校の先生が労働組合活動をやっているかどうか、他の人がやっているかどうかを強制的に調査することがあります
北海道でも、昨年、そういったことがありました

ほかにも、
例えば、
日本では、原発デモなんかに参加すると、その人の情報を国家機関に収集されることがあります
例えば
日本では、国家公務員が勤務時間外に全く職務と関係なく、政治的なビラを配布しただけで逮捕されることがあります

こういうことは、先進国ではないんじゃないでしょうか??


やっぱり、21世紀になった日本でも、人権侵害って身近にあるんじゃないのかなぁって思った
今日の講演会前の報告でした。

【報道紹介】憲法96条の改正に反対、超党派の議員連盟発足

96条改正反対の声が、「護憲派」「改憲派」、政治信条の違いを超えて、広がってきました。

25日、民主党、社民党など超党派議員35人が憲法96条改正に反対する議員連盟を発足させました。
また、同日、憲法13条(幸福追求権)の意義を議論する議員連盟も、民主党、みんなの党、共産党などの有志の国会議員が参加し、発足しました。

以下、ニュースサイトです。
 
憲法96条改正阻止へ議連発足(NHK NEWS Web 2013/4/25)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130425/k10014196831000.html

憲法13条の意義 再確認の議連発足
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130425/k10014183981000.html

「96条改正」に批判続出

このブログで既に何度も取り上げてきた「96条改正」の問題点ですが、
「ゴーマニズム宣言」で有名な小林よしのり氏が、この点について大変分かりやすい記事を書かれています。
http://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar200636


以下、引用します。
そもそも憲法とは、国民大衆が権力者を縛る手段として存在するものであり、権力者の都合で安易に改正できないようになっているものなのだ。
 それに憲法は他のすべての法律を規定する特別な法律であるから、その安定性はある程度、確保されなければならないのも当然なのである。」

諸外国の改憲手続についても調査されており、日本国憲法だけが特別に改正しにくいわけではない、むしろ厳格な手続によって初めて改正できるのが当たり前、ということがよく分かります。

読者の方々も、さかんに反応されていますね。
憲法の中身に対する考え方は人それぞれですが、
たくさんの人たちが、立場を超えて広く話し合うことができたら、と思います。

☆★☆

立場を超えて、といえば。
憲法学者の中にも、現行憲法の内容に対してはさまざまな考え方があります。
中でも、以前から「改憲派」として知られているのが、慶応大学の小林節教授。
その小林教授が、96条改正について「憲法の本質の否定」と強く批判されていることは、
今月19日の本ブログで取り上げました。

今度は、以前から「護憲派」の政党として有名な日本共産党の新聞「しんぶん赤旗」が、
小林教授のコメントを大々的に取り上げるようですよ。
http://www.jcp.or.jp/akahata/web_weekly/

もともと見解の違う小林教授と共産党。
「立場や考え方が違うから」といって話を聴くのを拒むのではなく、
どこがどう違うのか、学び合うことはできないのか、
意見を交流することって大事なのだな、と思います。

昨夜18時~20時
憲法学習会「自由が危ない!自民党改憲草案」@国分寺労政会館 
おかげさまで200名ほどの参加者で会場はあふれました。
福島第一原発20km圏内に潜入し、惨状を写真に撮りおさめた谷内俊文氏によるフォトスライド上映とトークからはじまりました。
数々の写真からは、かつて人がそこに生活していた街から「体温」が無くなった、例えようもない異様な静寂が伝わってきて、息を飲みました。


* * *

 続いて私たち「あすわか」の紙芝居+憲法ってなあに?という話。
 国家と国民との関係について「国民が自由を守るために権力を憲法で縛ろう」という考えを立憲主義といいます。およそ近代民主主義国家において、この立憲主義の考え方は国家の土台ともいうべきものです。
 フランス人権宣言16条は、このように規定します。
「Toute Société dans laquelle la garantie des Droits n’est pas assurée,
 ni la séparation des Pouvoirs déterminée, n’a point de Constitution.
(権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。)」
 日本国憲法においても立憲主義は出発点であり基盤となっている考え方です。だからこそ99条で憲法尊重擁護義務を負うのは「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」なのであり、国民が負うものではないのです。


 振り返って、自民党改憲草案はどうでしょうか?
 人権保障どころか「公益または公の秩序」によって容易に人権が制約でき、幾多もの義務を課し、「人類普遍の原理」であるはずの天賦人権論を「西洋の考え方」だとして相対化させて否定しています。
 また、現行憲法96条憲法改正要件は、国会の発議の要件を3分の2から過半数へ緩和させています。現在まさに安倍首相自身の口から「憲法を国民の手に取り戻す」などとキャッチーな言葉で推し進められようとしている96条の改正ですが、これも結局、時の権力者に専制的な政治をさせないために設けた厳格な改正要件を、数の論理で自由に改正できるようにするものであり、立憲主義の思想とは全く相容れない(というか憲法がなんたるかの理解に乏しい)発想です。
 憲法研究者の奥平康弘氏は96条改正を「憲法への死刑宣告」と表現しています。


 このように見てくると、自民党の改憲草案が提示するもの、それは「天皇を頂点にいただく、「個人」が封殺された憲法の無い社会」です。
 梓澤和幸弁護士は講演の中で、「憲法のあるこの社会を守らなければならない」と語りました。


 憲法ってなあに?この話をもっともっと多くの方に聞いてもらい、知ってもらわないと、と強く思い、願う夜でした。

緊急事態条項?

今日は、緊急事態条項のお話です。
東日本大震災以降、憲法に緊急事態条項を作るべきだという話が急に出てきました。これはいったいどういうものなのでしょうか?

自民党改憲草案98条と99条は、緊急事態条項を定めています。これは、ものすごくてっとり早く言うと、地震や戦争などで内閣が「緊急事態」と判断したときには、
三権分立をやめて、内閣が法律と同じ効力のある政令を作れるようにする(国会の権限の重要部分を内閣にも与える)、
というものです。

では、緊急事態宣言がなされたらどうなるか。

緊急事態宣言がなされた場合には、「何人も」、国の指示に従わなければならないとしています(草案99条3項)。つまり国民も、企業も、地方自治体も、国などの指示に従う義務を負うことになります。
... 自民党は、緊急事態条項の説明として、「国民の生命、身体及び財産という大きな人権を守るために、その範囲でより小さな人権がやむなく制限されることもありうる」としています(Q&A33頁)。ここで「大きな人権」に入っていないものの代表例は、政治的言論をはじめとする表現の自由ですね。
そうすると、内閣が緊急事態宣言をした場合、「国民の生命や身体の安全を守るため」という「名目」で、内閣に不都合な言論を禁止してしまうということが容易にありえる、ということになります。報道規制や、デモや集会の禁止、ということがすぐに思いつきますね。
緊急事態には国などの指示に従わなければならないわけですから、内閣に不都合な言論を禁止した場合、それに従わずに言論を続けたら処罰される、ということも想定されます。

こういったことが、内閣の独断でできるようになってしまうわけです。

以前にも書きましたが、立憲主義の考え方は、「権力は、放っておくと、圧政・独裁・暴走するようになる」という考えから、国民の権利と自由を守るためには権力を放っておいてはいけない、権力を縛らなければならない、というものです。
このことから、権力は1つのところにまとめておいてはいけない、立法、行政、司法に分けて相互に監視、抑制させなければならない、とされているのです。
みなさんが学校で習った三権分立も、立憲主義から生まれた考え方なのです。
 

 なのに、内閣が好き勝手にできるようになっていいのでしょうか?
 
そもそも、東日本大震災のときに緊急事態条項があったら、今より良くなっていたのでしょうか?

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