「殺していい命」などないし、「許される殺戮/正しい“暴力による支配”」
もない。
この根源的な発想を「お花畑」「理想論」「空想」だと一蹴・冷笑・嘲笑する
声が幅を聞かせ、そう主張する政治家を「本音を語る」と支持される社会に、
「人が大切にされる」「自分らしく生きられる」未来はありません。
必ず、国民の生活や尊厳、なにもかもが「仕方ない」のひと言で切り刻まれ
る社会になっていくでしょう。
「戦争も仕方ない」「死刑も仕方ない」「弱者の切り捨ても仕方ない」
…「仕方ない」といって「殺してもいい命もある」「切り捨てられてもいい人も
いる」のだと容認していいのでしょうか。
そもそも本当にそれは「仕方ない」ことでしょうか?
実現可能なリアルな選択肢として、非戦や平等・人権保障を考えてみませんか?
憲法、自由、民主主義、平和…。遠いようでいて、ぜんぶ「それがなきゃ生き
ていけない」ものです。