2020年4月25日土曜日

「表現できる場」を失うことの意味



 「表現の自由」という人権について、おさらいしましょう。


 自分の思い、考え、感覚を「表現する」方法はいろいろありますね。
語る。書く。描く。歌う。踊る。演じる。吟じる。奏でる。


 自分の思いや胸の内を言いたい(表現したい)!と思った時に、表現
したい場所で、表現したい方法で表現することで、人は、より「なりた
い自分」になれます。

 また、人々は政治への疑問や違和感、率直な意見や感想を語り合い
(議論を聞き)、改めて思索し、よりよい政治を思い描いて、一票を
投じ、選ばれた議員や政権をまた見守り、評価します。
 「メディアが自由に報道でき」「自由にものが言え」て初めて、
民主主義の歯車は正常に回るのです。

 このように「自分らしい人生/なりたい自分になる」ためにも、
「民主主義を正常に動かす」ためにも、「表現の自由(21条)」は
肝心かなめの人権です。
 一旦これを失い、「自由にものが言えない社会」になれば、それを
批判することも叶わない(二度と取り返せない)…という意味でも、
決して奪われてはならない人権です。


 今、映画館(特にミニシアター)やライブハウス、美術館やギャラ
リーなど、「表現の場」が経営・存続の危機に瀕しています。
 もし政府や自治体(つまり権力)が、人や民主主義社会にとって
「表現できる場があること」がどれだけ大切か理解していたら、なに
がなんでも対策(補償)を講じて守るでしょう。


 つまり、そういうことです。

 政権や与党にとって、「表現できる場」なんて、その程度のもの、
ということです。