2021年2月22日月曜日

「ものが言いづらい世の中になった」とかいう不満


 差別発言が取り沙汰されると必ずといっていいほど「最近は自由に

ものが言いづらい世の中になった」とか、不寛容、窮屈だ、という

不平不満が聞こえます。

 昔はそれが差別だと誰も気づかずにマイノリティの尊厳を傷つけて

いただけで、その過去を「寛容」だの「古き良き時代」だのと懐かし

むのは、差別と理解できないままなのか積極的な差別主義者なのか、

どちらかです。


 「言葉狩りだ」と脊髄反射のように出される反論はよくありますが、

マジョリティはそもそもそれを差別と意識せずに生きていける側です

から、自分が無意識で使っている言葉を「差別」と指摘されて逆ギレ

することは少なくなく、その言葉が持つ歴史的・社会的文脈を冷静に

考察することなく反射的に「言葉狩りだ」などと言い返すことは思慮

浅いことだと自戒すべきでしょう。


 学び続けて、努力しつづけても、どんなに無自覚でもマイノリティ

を傷つけてしまうことはあり得る、という謙虚な心の構え方があれば、

そんな反論はしないはずなのですが。