2015年8月3日月曜日

え!? 自民党草案が教科書になったって? イクホウシャ教科書へのツッコミ②



 基本的人権は、人類の長年にわたる自由獲得の苦闘の中で
歴史的に形成された、人が生まれながらにして有する侵す
ことのできない権利です。
 とはいえ,同じ社会で生活する以上,ある人の人権と別の人
の人権が衝突してしまう可能性があります。

 そこで,日本国憲法は
「(基本的人権を)濫用してはならないのであつて、常に公共の
福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」(12条)
 としています。

 この「公共の福祉」ってなんでしょう、聞き慣れませんね。

 「公共の福祉」(憲法第12,13条)とは、国民一人ひとりに
人権を保障するための人権相互の調整原理であるというのが,
現在の憲法学の一般的な理解です。


 人権を制限できるものは何?それは他者の人権です。ということ。
 人権より大事なものはない、という前提があって、Aさんの人権と
Bさんの人権がぶつかり合う時には調整し合わなきゃいけない、
という、そういうルールのことです。

(いくら職業選択の自由があるからといって、誰でも病院を開設
して知識も技術も無いまま治療したら、他の人たちの生命・健康
・人権がヤバいことになります。だから、職業選択の自由に制限
をかけて、医者は免許制度つまり許可制にします、というような
ことです。)


 だから「公共の福祉」については、
「他人の人権を侵害してはならないという限界」「人々が同じ
社会の中で生活していく必要から制限」(東京書籍公民教科書)
 とか
「公共の福祉とは,ある人の自由や権利の行使が他の人の
人権を侵害しないようにするための共生のルールなのである」
(清水書院公民教科書)
 と説明されるのが正しいわけです。


 と・こ・ろ・が!
 育鵬社の公民教科書は、「公共の福祉」をこう説明します。
「憲法は,権利の主張,自由の追求が他人への迷惑や,過剰な
私利私欲の追求に陥らないように,また社会の秩序を混乱させ
たり社会全体の利益をそこなわないように戒めています」
 他者の人権侵害にとどまらず,迷惑や私利私欲の追求まで
「公共の福祉」に含めるのは明らかに広すぎで,憲法学の一般
的な理解からは大きくかけ離れています。
 次のような高校入試問題が出題されれば,育鵬社の教科書を
使用している生徒は,正しい肢を選べないでしょう。


***<2015年大阪教育大学附属池田高等学校 4 問6>***


(前略)公共の福祉による制限とは何のために定められたものか,
その説明として最も適切なものを選び記号で答えなさい。
 ア 国家の秩序を保つため
 イ 他者の人権を侵害しないため
 ウ 国民に義務を果たさせるため
 エ 政府の利益を守るため

****

 
 こうした育鵬社公民教科書では,「公共の福祉」の内容次第で
人権保障は簡単に無意味になってしまうということなど,当然
ながら眼中にはありません。
 他社の教科書では「たいせつな人権が『公共の福祉』の名を
かりて,簡単に制限されないように注意する必要があります」
(日本文教出版)といった注意喚起がなされているのとは対照的です。


 育鵬社公民教科書は人権の不可侵性(憲法97条)への考慮
を欠いた,特殊な立場の教科書といえるでしょう。


 また、次のような高校入試問題が出題されれば,育鵬社の
教科書でしか勉強していない生徒は完全にお手上げです。


*** <2015年宮城県3の3(3)>***

 「日本国憲法は,基本的人権を「侵すことのできない永久の
権利」と定めました。しかし,この基本的人権も,公共の福祉
によって制限されることがあります。
(中略)       
 ただし,公共とは,社会の一員である私たちがつくり上げて
いくものであり,公共の福祉の名のもとに,(  ②  )ことが
ないように注意を払わなければなりません。」 


 ( ② )には,公共の福祉について注意すべきことを述べた
文が入ります。
 あてはまる内容を考えて,簡潔に述べなさい。

****


 自民党の改憲草案は「(基本的人権を)濫用してはならず、
自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に
公益及び公の秩序に反してはならない。」(12条)としており,
「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に置き換えています。
 その理由として自民党は次のように説明しています。
『従来の「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、
分かりにくいものです。そのため学説上は「公共の福祉は、
人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約
するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的
な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が
主張されています。今回の改正では、このように意味が
曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の
秩序」と改正することにより、憲法によって保障される
基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られる
ものではないことを明らかにしたものです。』
(自民党 Q&Aより)
 


 育鵬社の公民教科書は,まさに自民党改憲草案の内容を
先取りしたものといえるでしょう。
 


※ 記事における「他社」とは東京書籍,教育出版,帝国書院,
日本文教出版,清水書院の5社を指し,自由社は含みません。

※ 記事中の入試問題は,「全国高校入試問題正解社会」
 (旺文社刊)より引用しています。