2014年4月4日金曜日

集団的自衛権の限定容認って?その3~「限定」っていうけど、それほんとに?

集団的自衛権の限定容認について、3回シリーズの3回目です。
その1 「国の存立を全うするため」のものじゃない!
その2 砂川事件の最高裁判決は何て言ってるの?


自民党の高村副総裁は、集団的自衛権が限定的に容認される例として、「日本周辺の有事で活動中の米艦防護」を挙げており、外国領での参戦はだめだと言っています(4月1日読売新聞)。
これって、ほんとうに「限定」になっているのでしょうか。

● 結局、外国どうしの武力衝突に巻き込まれに行くことです

まず、日本の領海にいるアメリカの軍艦が攻撃された場合、この攻撃に対して日本の自衛隊が反撃を行うのは、当然に個別的自衛権の範囲内だ(つまり今の憲法9条のもとでも反撃できる)とされています。
日本の領海内に対する攻撃への反論だから日本の「自衛」そのものだ、というわけです。...
さらに、アメリカ軍艦が公海(どこの国の領海でもないところ)にいる場合でも、アメリカ軍艦への攻撃が日本に対する武力攻撃とみなせるような場合(日本防衛のために行動しているアメリカ軍艦が攻撃を受けたときなど)には、個別的自衛権の行使として反撃できるとされています(平成19年5月15日衆議院安全保障委員会での政府答弁)。
つまり、ここまでは今までの政府解釈のもとで、個別的自衛権の行使として反撃することができることになっています。

とすると、高村氏が想定しているのは、日本が巻き込まれていない「有事」(つまり武力衝突)の場面だということになります。

例えば(本当に仮の話ですすみません)、韓国と北朝鮮の間で武力衝突が起こってしまい、そこでアメリカ軍も活動を始めたというような場合ですね。
この場合には、韓国と北朝鮮、+アメリカの間で起こっている武力衝突に、日本も参戦するというわけです。
結局、外国どうしの戦争に、日本が攻撃されていないにもかかわらず、日本も自ら巻き込まれに行くということに変わりはないわけです。
その場合、当然のことではありますが、日本の自衛隊員が外国の人を殺し、自衛隊員が殺されることになる、ということなのです。

● 拡大できるような形での「限定」なんです
さらに、どういう形で「限定」するのでしょうか。

朝日新聞3月29日朝刊の報道によると、政府は以下のような形で限定する方針のようです。
①閣議決定によって、集団的自衛権の一部も、9条のもとでも認められる「必要最小限度の自衛権」に加える、と政府解釈を変更する
②でも、具体的な活動範囲や行使の具体例は、閣議決定には書かず、首相の国会答弁などで示すにとどめる。

そして、朝日新聞は、「行使を容認した場合の自衛隊の活動範囲や行使の具体例を明記しないのは、将来のあらゆる事態に対処する余地を残す狙いがあるからだ」としています。

結局、閣議決定によって認める集団的自衛権の具体的内容を明らかにせず、将来的にアメリカやその他の同盟国から対処を求められたときに対応できるようにしましょう、ということです。

これでは、何が「必要最小限度」なのかさっぱりわかりませんね。
何が「必要最小限度」なのかは、そのときどきの内閣のさじ加減(政治判断)で決まる。
これでは、憲法9条による歯止めはないも同然です。

安倍首相は、「集団的自衛権を行使できないという解釈のままでは、著しく日米の同盟関係が毀損される」と言いました(朝日新聞3月20日朝刊)。
日米関係が毀損されるから「国の存立を全うするために必要」というのでは、結局、アメリカのこの求めに応じなければ日米同盟が危うい、というのが積み重なり、結果として際限なく「必要最小限」の範囲が広がっていくのではないでしょうか。

これまで、9条のもとで認められる武力行使の範囲は、「日本が攻撃されている状況であるかどうか」という明確な基準がありました
それを飛び越えて、日本が攻撃されていなくても、一部は「必要最小限」に入れましょう、というのが今の議論です。
9条のもとで認められるものかどうかの基準が、一気にあいまいになるというわけです。
憲法は権力が好き勝手に暴走しないように権力を縛るもの、という役割からいうと、金属の鎖でしばっていたものが、よく伸びるゴムの鎖に替わるようなものでしょう。

そう考えると、限定っていうけど限定なんか絶対されないじゃーん!と思うのです。

<おわり>