2021年3月11日木曜日

「女性が相当数を占めないとバランスの取れた判断はできないと実感しました。」


 毎日新聞でも、元最高裁判事の桜井龍子さんのインタビュー記事

が掲載されました。

 旧姓の「藤井」龍子の名でキャリアを積み、社会で生きてきたに

もかかわらず、最高裁で「藤井」を名乗ることが許されなかった

(戸籍名の使用しか許されなかった)苦痛と喪失感が語られています。

 自分の姓を奪われたくない人の気持ちが想像できない人、結婚で

女性が姓を変えるのは当然でしょ?と今でも思ってしまう人は特に、

ぜひお読みください。


● 女性3人目の最高裁判事・桜井龍子さんが感じた

                                                       男性の想像力の限界 (毎日)

 https://mainichi.jp/articles/20210307/k00/00m/040/202000c



<一部抜粋>

 それまでは旧姓の「藤井」姓で仕事をしていました。裁判所では、

17年まで戸籍姓以外の使用が認められておらず、「桜井」で裁判官

をやることになりました。判決の最後に「桜井」と書くのが嫌で、

大きな自己喪失感を味わいました。「桜井」での仕事の実績がない

ため、評論家らから「どこの馬の骨とも分からない女性を裁判官に

した」と批判されたこともありました。かつての職場や知人から同一

人物と認識されないこともあり、「姓は人の識別上、重要なんだ」と

しみじみ感じました。


 夫婦は同姓とする民法750条の規定が争われた夫婦別姓訴訟の

大法廷判決では、私のような苦労を若い人にさせたくないという思い

がありました。姓の選択は形としては夫婦の判断に委ねられています

が、判決言い渡し時の15年のデータで、96%が夫の姓を名乗って

いました。夫が「主」で、妻が「従」という構造や意識の表れだと

考え、違憲しかないと思いました。750条の今日的合理性と、改姓

による不利益を比較して検討するという判断が基準になるわけですが、

男性判事の多くは、姓を変えざるを得ない女性が味わう苦痛や不利益

を理解できなかった。男性の想像力の限界を感じました。


 夫婦別姓訴訟での議論を経て、女性が相当数を占めないとバランス

の取れた判断はできないと実感しました。理想は実社会と同じ男女

半々ですが、せめて政府が女性活躍の目標にする30%、つまり

最高裁であれば15人中5人は女性にすべきだと思います。

少なくとも各小法廷に1人ずつの女性を配置してほしい。


<抜粋終わり>


 国会や地方議会における女性の少なさが大問題になっていますが、

同じくらい、司法の分野に女性が少なすぎることも、早急に解決し

なければなりません。

 性差別が問題の本質にある事件で、判断する側(裁判所)に女性

がいなければ、その本質を見抜いた判断ができない危険が大いに

あります。

 何をしなければならないのかは、もう明らかで、政権が性差別解消

に真剣に取り組む気があるかどうか「だけ」なのですが。。。

 声をあげましょう。それでも変わらないなら、選挙で、真剣に取り

組む政治家と政党を選びましょう。