2020年9月25日金曜日

名ばかり「女性活躍」政権は続く



 21日の記事ですが、今一度ご紹介します。

● 「女性活躍」は「女性利用」で看板倒れ
           三浦まりさん「『ミソジニー』な政権だった」 (毎日)
 https://mainichi.jp/articles/20200920/k00/00m/010/226000c
 



 三浦まり先生は、安倍政権が「女性活躍」の看板を作ったこと自体は
評価しつつ、「看板作りというアクセルを踏んだと同時に、ブレーキも
踏みました」と批判します。
 ぜんぶ引用したいくらいですが(ぜひ全文読んでください!)、ここ
ではこの部分を。

<一部抜粋>

 ――なぜ看板を掲げることしかできなかったと思いますか。

 女性を「客体」としか見ていないからです。女性を利用したいだけで、
一人前の人格を持った人間として扱わなかった「ミソジニー(女性蔑視)」
な政権だったからでしょう。メディアもそこは共犯です。
 森雅子氏や稲田朋美氏ら女性閣僚は立てましたが、失言がクローズアップ
され、批判の矢面に立たされました。彼女たちよりひどい発言をした男性
閣僚は山のようにいるのに、「やっぱり女性は能力なく、だめだ」という
メッセージが広がりました。

 結局、今の「おじさん構造」から女性が出ようとすると、「おじさん構造」
を維持しようという人たちの思惑の中での使われ方になってしまいます。
そうなると力も発揮できない。そうではなく、女性たち自身がついていき
たいと思う女性のリーダー、また、そうした思いにコミットした男性リーダ
ーが必要です。
 ただ、自民党政権でそれは構造的に難しいのです。
 自民党は、地域の権力構造の上に乗っかった政党です。その地域の権力
構造に出てくるのは、総じて男性。思い浮かべてみてください。町内会や
地元の名士は、ほぼ全て男性ですよね。

 さらに、そこをまとめる地方議員、国会議員というヒエラルキーは、
これまた男性ばかり。彼らが見ている地域社会には女性の存在がないのです。
あったとしても、男性をサポートする役割か、名士の娘のような「お姫様」
。実力があってのし上がって権力を取る女性は、およそ存在として認識でき
ない。

<抜粋終わり> 

 …ため息しか出ませんが(-_-;)、結局、「女性活躍」の看板を、「男性
ばかりの政権」が掲げたところで何も変わらないことは多くの人が実感
したかと思われます。
 女性が活躍できるかどうかが男性政治家たちの胸三寸なんてそもそも
理不尽ですし、家事・育児・介護を今までどおり女性に丸投げしたままの
スタイルで「自由に働いていいよ」と言われてもムリすぎる話です。
そういう家族観を男性側が変えなければ、女性の自由な人生など永遠に
夢のまた夢。

 “伝統的家族観”に固執し続け、ケアワークや家庭責任を共に負う気のない
男性には、少なくとも政治の場からは退いてほしい。性差別を肯定する人に
憲法に忠実な政治などできるはずがないからです。

 自分のためにも、家族のためにも、子どものためにも、「性差別を許さな
い」と、とにかく地道に発信したり行動に移していきましょう~。