2020年7月14日火曜日

責任は「痛感する」ものではありません。とるものです。




 「責任を痛感します」といえば安倍首相の常套句。
 最近の使用例が新聞に列挙されていました。
    ↓
・河井夫妻が起訴された際
       (7月8日のぶら下がり取材)
・逮捕された河井前法相の任命責任を問われて
         (6月18日の記者会見)
・拉致問題が進展しないまま、横田滋さんら被害者親族が亡くなったこと
 について(同)
・「5月6日まで」としていた緊急事態宣言を延長することについて
                       (5月4日の記者会見)
・森友学園を巡る文書改ざん事件の見解を問われて
                  (4月2日、衆院本会議)
・厚生労働省の統計不正問題の見解を問われて
                  (19年1月29日、参院本会議)


● なぜ首相は「痛感」した責任を取らない?
               安倍流処世術、軽さの原点 (毎日)
 
https://mainichi.jp/articles/20200712/k00/00m/010/001000c?pid=14516



「国会だけでも首相が自身の責任を語る文脈で「責任を痛感」と発したの
は、12年の第2次政権発足から6月4日までに101回もあるのだ。
『責任を痛感』、もう獅子奮迅の活躍である。」


 公文書を改ざんしたり隠したり、論功行賞的な人事を横行させたりして
民主主義の土台を狂わせ…でも、何がなんでも責任をとらないポリシーの
首相。
 8年間もこういう光景を見ていると、私たち側の感覚も麻痺しそうで、
うすら寒くなります。
 責任は、痛感するものではありません。責任は、とるものです。


 どんなに民主主義や社会を壊しても責任をとらない政府(首相)を、
主権者として許せますか。