2017年9月22日金曜日

憲法前文の理想はどこへ。



 安倍首相が国連で、
 「北朝鮮に対してとるべきは対話ではなく圧力だ」と演説しました。
 会場がガラガラだったので(北朝鮮代表の方はたしかに熱心に
聞いていましたが)、安倍首相の国際社会における存在感のなさを
よく表していると思いつつ、北朝鮮への敵意をむき出しにしたあまり
にも好戦的な態度に、唖然としてしまいました。


 同じく訪米中の河野外務大臣は、招かれた大学での演説で、北朝鮮と
国交を結んでいる160カ国に対して「断交」を求めたとのこと。

 ちょっと、常軌を逸してはいませんか…

 自分が嫌いだからといって、他の人に「あいつとはもう絶交してよ。」
と言ってまわる人、ということですよね。


 こんな風に、関係を積極的に悪くしようという働きかけをする人達は、
その先にどんな明るい未来を描いているのか、不思議で仕方ありません。


 思えば、安倍政権は、常に「対話」も「議論」もしない権力でした。
 議論から逃げ、話をすり替え、時間を稼いだ末に、高まる批判をねじ
伏せるような形で強行成立させてきた法の数々。それは特定秘密保護法
であり、解釈改憲であり、安保法制であり、共謀罪でした。

 自分と考えの異なる人には敵意をむき出しにして「こんな人達に負け
ない」と排除する。誠実な対話、相互理解、そんな言葉とは縁の薄い
政権のような気がしてなりません。

 こういう4年半の道のりを振り返ると、現政権が見せる北朝鮮への
好戦的な姿勢も、一貫性があります(…褒めてるわけではありませんヨ)。

 憲法の前文の後半を、ちょっと見てみませんか。
 (旧かな使いは変えてあります。)

 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互
の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するので
あって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼
して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と
偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている
国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。
 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏
から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する
ことを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに
専念して他国を無視してはならないのであって、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この
法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国
対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげて
この崇高な理想と目的を達成することを誓う。」

 すごく高い理想に燃えて、さすが平和国家だなという前文です。
 自国の繁栄だけを目指しているのではないのです。
 全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存できる
国際社会を作ること、その営みに「国家の名誉をかけて」貢献すること
を目指しているのです。

 首相や外相は、憲法尊重擁護義務を負う身として、この前文を(いや
もちろんその他の条文も)読んで、少しでも実践して頂きたいと、
願ってやみません。