2017年3月7日火曜日

やや日めくり憲法 37条(刑事被告人の権利)



日本国憲法 37条〔刑事被告人の権利〕
 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な
裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。


 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する
機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために
強制的手続により証人を求める権利を有する。


 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する
弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを
依頼することができないときは、国でこれを附する。



これは、刑事裁判での被告人(裁かれている人)の権利保障の条文です。


「被告人!?犯罪者の人権なんて守らなくていいでしょ!?」

と思われる人…以外と少なくないのでは。


 でも、ちょっと待ってください。


 まず、裁判所の判決で「有罪」とされて,それが確定するまでは,

あくまでも「無罪」の推定がはたらきます。

 今このブログを読んでいるあなたが、何かの間違いで捕まってしまったときも、
そうです。あくまでも有罪判決が確定するまで、その人は「犯罪者」と決まった
わけではありません。


 裁判では、検察官がなぜ被告人を「有罪だ!」と確信するのか、証拠に基づいて
証明していきます。その捜査の過程や理由、証拠は、市民が自由に傍聴できる
裁判所の法廷で明らかにされます。


 証人がいるときは、裁判所の費用で裁判所まで呼び出して,

 傍聴人が入ることができる裁判所の法廷で、

 被告人の目の前で証人尋問をすることができます。


 そして,被告人はそういった手続きについて、

 お金がなくてもどんな人でも、国が弁護士を付けてくれるのです(国選弁護人
という制度です)。



 どうしてこんな手厚い手続きが必要なのでしょうか。その答えも、立憲主義に
あります。




 刑罰とは、国家権力による、非力な個人に対する、圧倒的な社会的ペナルティ。

 時には死刑で命まで奪うこともできる、強大な権力です。


 その力に酔った権力が、もしかしたら、政府を批判する人、自分たちに都合の
悪い人を、恣意的に処罰することが、歴史上何度も何度も繰り返されてきました。


 自分の利益のために刑罰を利用することがあるかもしれません。


 あるいは、警察も検察も人間です。間違って無実の人を犯罪者だと誤解して
逮捕・起訴してしまうかもしれません。
 そう、どんなにあなたが犯罪とは無関係の潔白な人間だったとしても、
そういう不幸は、ありうるのです。


 もし憲法37条の権利があなたに保障されていなくて、

不公平な裁判官が、秘密の裁判で、証人を呼び出すこともできず、

さらに誰も味方がない形で、「有罪」という判決がされたとして、

その判決を受け容れることができますか?


 人は、もともと自由で平等です。
 だから、権力者が、自由を奪うという強い権力を行使するためには、
 特に厳しい手続きが求められるのです。

  37条は、決して「犯罪者を甘い」のではありません。
 人が人を裁くことの難しさ。権力が道を誤って不当な逮捕・起訴をしてしまう
危うさを、よくよくかみしめた結果、「どんな被告人に対しても、これだけは
保障しなければならない」と考え出された人権なのです。

 最初に書きましたが、
 刑事被告人の人権、などというと、ついつい人は
「犯罪者の人権なんて」と軽視してしまいがちです。
 逮捕=ほぼ犯罪者、として扱われてしまう日本社会でなら、なおのこと。
 「すべての人がかけがえのない価値がある」というタテマエがあっても、
被疑者や被告人は、この日本社会で最も「人権を踏みつぶされがち」な人
ですね。

 刑事裁判に携わる弁護士として思うのは、
 そういう最も人権が軽視されがちな被疑者・被告人の人権を「これが
どんなに大事なものか」を発信しつづけ、理解を広げることが、日本国民の
人権そのものの底上げになるのではないか… ということです。