2013年8月23日金曜日

はじまりはいつも学校現場


  原爆を描いた「はだしのゲン」が学校図書館から
閉架されたり、学校の教科書採択に際して教育委員
会が「日の丸・君が代が教育現場へ『強制』されてい
ると書く教科書は不適切」として不採択を促したりなど、
 最近、言論統制かしらと思うようなニュースは、全て
学校で起きています。

  以前、このブログで表現の事前規制がなぜ許され
ないか、を書きました。
 公権力が国民の間に出回る表現物を事前に「これは
読んでいい、これは読まなくていい」と取捨選択して手
渡すことは、正しい情報を得て考えて正しく評価して議
論したり書いたりする人間の知的活動そのものをマヒ
させることです。
 主権者国民が、尊厳ある人間として、主権者として
生きていくために、公権力が情報を「操作」することは
憲法上、許されません。

  ただでさえ、私達は多少斜に構えていても、偏った報道
にあおられたり、センセーショナルな記事に流されたりしま
すよね。ましてや成長途中の、情報リテラシーもままならな
い子どもは、素直に『大人(世間)のいうこと=正しいこと』と
受け入れます。それは子どもの純粋な面であり、だからこそ
危険な面でもあります。時の政治権力が、自分たちの思想
にふさわしい国民を育てるために、『子どもにはこういうこと
を教えろ』と学校教育現場に介入するのは常套手段なので、
そんなことが二度と繰り返されないよう、(教科書検定自体
が問題ではありますが、)教科書の自由な採択が侵害され
てはならないのです。

  教科書は学校で不採択になった場合、本屋で売ることは
できても現実的にはそれを買う人はほぼいないので、不採
択によって事実上『世間に出回らない』ことになります。
 また、子どもにとって学校図書館は無尽蔵に本がそろう大
切な知識の源です。そこにあった「はだしのゲン」が無くなる
ことは、小さな子どもにとっては『世の中』からそれがなくなる
のと大差ありません。


 つまり、どちらも、子どもにとっては言論統制なのです。

  日の丸と君が代が学校現場で教職員に対して強制されて
いる事実と、原爆のたとえようもないむごさ。子どもにこれを
教えないこと、子どもを戦争や歴史、核の問題について鈍感
にさせること、これが正しい教育だという発想でなされる、
言論統制です。

  改憲草案どおりに改憲がなされると、こういう介入は教育
現場どころか、出版・報道の世界でも日常的になりかねません。
「公益」「公の秩序」の名の下に、政府に都合の良い表現だけ
が出回る社会…民主主義のシステムがマヒする社会です。
 

 教育現場から、事実上の改憲がじわじわとなされていくよう
です。きちんと警鐘を鳴らし、これがどれだけ恐ろしいことか、
多くの人に呼びかけていきたいですね。