2019年10月23日水曜日

「即位礼正殿の儀」 宗教色濃いっすね… 引きます。



 昨日、TVはどの局も「即位礼正殿の儀」一色で、今日も
引き続き「皇室スゴイ」的な番組編成ですね… (-_-;)
 
 天孫降臨伝説を模した「高御座(たかみくら)」、
「三種の神器」剣と勾玉… いやー…宗教行事ですね。
 いやがおうにも神道と政治権力の“接近”を感じずにはいられません。


 他の信仰を持つ人や、なんの信仰も持たない人が抱く不安・圧迫
感・恐怖に、どこまでも(あるいは意図的に)鈍感な権力に、うな
だれる思いです。

 たとえ皇室に親しみを持っていたとしても、「違和感を持つ人、
おかしい」かのような雰囲気には流されたくありませんね。
 天皇を神聖不可侵な絶対君主であるとして政治と宗教が一体化した
国家が、74年前にどんなむごたらしい歴史を歩んだか、忘れるわけ
にはいきません。

● 社説[即位の礼]新たな時代の象徴像を (沖縄タイムス)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/487946


 恩赦の記事でも書きましたが、「即位の礼というのは、こういう
もんだ」と、所与のものかのように扱うのがそもそもおかしいのです。
特に今回は、先代の死亡による代替わりではないのですから、
「今度の即位の礼、どうする?どんなのがいい?」と主権者による
議論を経ることができたはずなのです。

 その議論の場を作らずに、勝手に「いつもどおり」の段取りを決め
た政権の無神経っぷりには…驚きます。
「国民に即位の礼のあり方を議論させてなるものか」という強硬な
右派的発想があったのかもしれません。
.
.
.
 何度でも繰り返しますが、
 日本国憲法1条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の
象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」
と定めます。

 彼は「神聖な存在だから」象徴で当たり前、なのではありません。
 「やんごとない血筋だから」最初から象徴と決まってる、のでは
ありません。
 主権者国民が、「彼になってもらおうか」と合意したから、象徴
なのです。
 象徴天皇制は、主権者が作り上げた制度です。

 民主主義国家として生まれ変わったこの国で、
 過去の歴史をふまえて政教分離を誓ったこの国で、どんなスタイル
の即位の礼がふさわしいのか、一から議論してしかるべきです。