2014年9月1日月曜日

「政治的中立性を保つ=政治に関わらない」ってこと?


 ここ最近、地方自治体が憲法や政治をテーマにした団体の
イベント後援やイベント参加を拒否するという事例が増えてい
ます。
 例えば、東京都国分寺市では、9条の会の、市のおまつりへ
の参加が今年から拒否されたとのこと。同会はこれまで、200
8年からおまつりにブースを出し、憲法9条に関するパネル展
やシール投票をしていたそうです。
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014082902000139.html


 また、東京都調布市も、「調布九条の会『憲法ひろば』」が来年
1月に企画している会の創立10周年記念イベントについて、
集団的自衛権に反対している会の活動やイベント内容を理由に、
後援に難色を示しているようです(8月15日 東京新聞)。


 いずれも、市側の理由は「政治的中立性」。
特定の政治的色彩を帯びたものへの協力は避けたい、距離を
置きたい、という考えのようです。
 

 政治的に100%中立な立場など、ありえないのでは(特に地方
公共団体は日本国憲法を土台にした社会において憲法尊重擁護
義務を負いながら行政をまわしているわけですし)とチラっと思い
つつ、あるべき「政治的中立性」について考えてみると、ずいぶん
おかしなことをしているなぁ、と思わずにはいられません。


 国民が国家に突きつけ、国家権力を縛る憲法を、変えたいという
勢力が国会で大きくなり、また、現政権は「解釈(読み方)を変える」
という手法だったり、特定秘密保護法を作ったりして、実質的に
憲法を骨抜きにしてきています。
 主権者として、「え、これってどういうこと?」「もっとよく知りたいん
だけど」って思うのは当然ですし、これからの日本の未来をどう作って
いくか、どう舵取りするか、議論が活性化することは自然なことです。

 そんな時に、地方公共団体が「政治的なものはNG」といって、
公共の場から政治的に見える、特定の政治的色彩を帯びている
ように見えるものを一切排除することが望ましいことなのでしょうか?
政治的な議論など存在しないかのような場に整備することが、自治
体としてなすべきことなのでしょうか?

 むしろ、住民がどんな政治的意見にも等しくアクセスできる
ように、協力を惜しまないことこそ、地方自治体に求められる
のではないでしょうか(もちろん人種差別のように人権を蹂躙
する暴力的な思想は別として)。主権者がその国・その社会を
動かす主人公として生きるために、あらゆる考えを知って、
考えて、議論して、発信できるような生活を手助けしますよ、
いろんなイベントが開けるようにできる限りお手伝いしますよ、
というのが、あるべき中立性なのではないでしょうか。


 まるで、市民が政治から遠ざかるのが望ましいかのような、
政治を考えない市民こそ「あるべき市民」かのような動きに、
「主権者アンテナを研ぎ澄ます」活動をしている私たちあす
わかは、眉をひそめてしまうのです。