とあるテーマについて議論になっているとき、「Aという考えもあるが、
Bという考えもある」と、両論併記することは、よくあります。
AとB、両方とも聞くに値する、選択肢としてありうるものであれば、
メディアがこう書くのは合理的です。
しかしそれが許されないこともあります。
非科学的でいわゆる「トンデモ」な考えや、人類の普遍的な価値観と
反する「あり得ない」説は、メディアがそれを紹介するまでもなく、
「聞くに値しないもの」として記事に載せないことで、国民の健全な
思索・議論をバックアップして知る権利を下支えすべきでしょう。
下記ツイートは、「悪しき例」の典型です。
● 朝日新聞官邸クラブ
@asahi_kantei
首相が「国の理想」を憲法に書き込むべきだと主張しているのに対し、
立憲民主党などの野党には「憲法は権力を縛るもの」との認識が強く、
憲法観に開きがある。
https://twitter.com/asahi_kantei/status/1180090317682302976大手の新聞社による、この悪質といっていいレベルの“両論併記”に、
言葉を失います。
もしその質の悪さに記者が気づいていないのであればあえて例を
挙げますが、例えば「人は生まれながらにして人権があるという認識も
ある」とか「人種や性を理由に差別してはいけないという考えもある」
とか言ってるようなものです。
「憲法」という語が、十七条憲法にも使われているので誤解をする方が
おられるのだろうと思いますが、少なくとも近代以降の、現代の民主主義
国家における「憲法」の本質は、「権力をしばる」ことです。
権力をしばるものが憲法であり、権力をしばらないのであれば、それは
実質的には憲法ではありません。イギリスには「憲法」と名の付く法典は
存在しませんが、判例法や権利章典などの議会制定法の積み重ねが、民主
主義・三権分立・人権保障などを定めて権力を縛っているので、実質的に
は憲法がある、といえます。
「いかなる社会も、その中で、権利の保障が確実でなく、三権分立が
確立していないなら、憲法を有しているとはいえない」
(フランス人権宣言16条)
日本国憲法も(当たり前すぎる話のおさらいですが、)人権保障や三権
分立の規定が実質的に権力をしばる機能を果たしている上で、99条が
首相はじめ権力側の人間に対して憲法尊重擁護義務を負わせ、きっちりと
自身の「権力をしばる」任務を明らかにしています。
そのキホンを「見て見ぬふり」して、「憲法とは国の理想を語るもの
です」などとトンデモなことを語ってしまうのが現政権です…。
それはメディアがきちんと「そんな考えはあり得ない」と斬り捨てて
書くか、あるいは「あまりにも常識からかけ離れている考え」であること
を付記した上で紹介するか、どちらかしかないのに、「そういう考えも
あるよね」と両論併記してしまう現実。
権力に媚びたいのでしょうか。
それとも批判的な記事を書く基本的な能力がないのでしょうか。
現政権の放つ立憲主義や民主主義への敵意・憎悪に、記者までも
染まりつつあるのでしょうか。
残念すぎる、恐るべきことです。
すべての記者さんとマスメディアが、このとんでもなさに気づきます
ように。
まだまだ、法律家の「憲法知っとこ!」活動が足りない、と忸怩たる
思いもつのります。
あすわかは、地道に活動を続けます。