日本学術会議の人事介入 菅首相の迷インタビュー 1


 日本学術会議の人事介入について、菅首相がインタビューに応じ
ました。

● 菅首相 学術会議の任命見送り「学問の自由とは全く関係ない」(NHK)
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201005/k10012649301000.html



● 学術会議の任命拒否で菅首相「個別人事のコメント控える」
                 内閣記者会インタビュー (東京)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/59883?fbclid=IwAR2WdRG0vjBo1c_zJITumyPvEAQVC0N_j7UJ1IwqGAIDBuSOxNdsVWuBtQw


 これで、「理解」「納得」した国民は、いるのでしょうか。。。

 「法に基づいて、内閣法制局にも確認の上で、学術会議の推薦者の
中から、総理大臣として任命しているものであり、個別の人事に関する
ことについてコメントは控えたい」
 →控えたい、は受け入れられません。まさに個別の人事が憲法上の
問題になっているのだから、コメントして下さい。

 「日本学術会議は政府の機関であり、年間およそ10億円の予算を
使って活動しており、任命される会員は公務員の立場になる。
人選は、推薦委員会などの仕組みがあるものの、現状では事実上、
現在の会員が自分の後任を指名することも可能な仕組みとなっている」
 →だからなんですか、としか言いようがない。「学問(学問共同体)
の自由」が保障されるべき日本学術会議には高い独立性が求められ、
人事に介入することは許されないのです。人事は日本学術会議に任せ
るべきものです。

 「推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか
考えてきた。」
 →「推薦された方をそのまま任命する」方式が制定当時の法解釈で
あり憲法の視点からもそれが正しい運用方法です。そのままの正しい
法解釈を「前例踏襲」とサビついたもののように言うのは法治国家の
リーダーとしてマズいのではないでしょうか。
法解釈を一存でひっくり返すのは法治国家にあるまじき振舞いです。

 (続)

杉田水脈議員のブログでの“釈明”



 少し時間が立ってしまいましたが、杉田水脈議員が性暴力被害者の
支援策について議論する自民党内の会議において、「女性はいくらで
も嘘をつく」と発言した件。
 杉田水脈議員は公の場で記者に対して直接口頭で言葉を尽くすこと
なく、「詳しくはブログで書きます」と逃げました。

<杉田水脈 オフィシャルブログ>
https://ameblo.jp/miosugita-blog/entry-12628684085.html




 そもそも記者を前にして言葉を尽くし、その場で質問に誠実に答え
る気がないという姿勢自体、議員として失格ですが、
 「今回改めて関係者から当時の私の発言を精査致しましたところ…
ご指摘の発言があったことを確認しました」
 → つい先日の自分の言動の記憶が無いとは、理不尽すぎる。しらじら
しすぎですよね。。。

 性犯罪を「私自身もひとりの人間として、啓発、相談や警察・司法の
関与など、様々な方法で撲滅していくべきだと考えております。」
 → その考えと「女性はいくらでも嘘をつく」発言の関係は?論理的な
説明がありません。ごまかさず直接メディアに出て言葉を尽くして下さい。

 「自由民主党の部会は…忌憚のない意見、ひるまずに正面からなされる
議論を担保するために『非公開』とされていると伺っております」
 → まさか、「忌憚のない意見を言っていい=どんな差別発言や罵詈雑
言でも言っていい」とでも考えているのでしょうか?自身の暴言との関係
が説明されてません。忌憚のない議論をするのはけっこうですが、だから
といって差別発言など必要ありませんよね。

 性暴力被害者は、ただでさえセカンドレイプの被害で一生苦しみ続ける
事もあります。「あなたは何も悪くない」と支えるどころか、国会議員が
率先してセカンドレイプの刃を向けるとは、全ての女性への愚弄です。
 
 主権者ができることは、「忘れない事」「しつこく追及し続ける事」。
 こういう人を当選させてはいけないし、
 こういう人を処分しない政党に、権力を握らせてはいけない。

北海道新聞に太田啓子弁護士が登場☆



 3刷も売り切れるという大反響な、あすわか太田啓子弁護士の
『これからの男の子たちへ』。それだけ多くの人が、「男らしさ」
「女らしさ」の縛りやジェンダー格差に違和感を持っていたという
ことだと思います。

● <訪問>「これからの男の子たちへ」を書いた
           太田啓子(おおた・けいこ)さん (北海道新聞)
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/467272?rct=n_culture



<一部抜粋> 
 性差別の構造は、女性だけの問題ではなく、当事者として生きる男性の
問題でもあると気付いた。
 求めるのは、人と人が対等な関係性を築けるようになること。「男の子
にこそ、『男らしさ』の呪いから自由に生きてほしい。性差別や性暴力に
無自覚にならないでほしい」。一緒に社会を変えていけると、期待してい
る。
<抜粋終わり>


 同著には太田弁護士と星野俊樹さんの対談がおさめられていて、星野
さんが語る小学校での男の子が「男らしさ」を内面化していく様子は、
必読です。親からジェンダー規範を刷り込まれていったり、男子同士で
だんだん強さ・ワンパクさを基準とした「覇権争い」が始まり、ホモソ
ーシャルが形成されていくリアルな“現場からの報告”は、すべての親が
その深刻さを立ち止まって考えなければならないことだと思います。

 韓国での出版も決まったとか🎉 

 読書会などのイベントもしたいですね!

菅首相と記者たちのオフレコ懇談会 2



 菅首相と、複数の記者との「オフレコ懇談会」について。
 これを欠席した記者たちは、「抱きつき取材」の限界やデメリット
を理解しての判断なのでしょう。自身の矜持を守る姿勢に、心より
敬意を表します。

 こんな記事もあったのでご紹介します。

● 菅首相「パンケーキ記者懇談会」
        朝日、東京新聞「不参加」にネットで賛否 (J-CASTニュース)
https://news.yahoo.co.jp/articles/c915f7dff54187988f59266924f1996e584914b9




「参加すれば質問する機会もあっただろうに」
「自ら情報ソースを減らすだけにしか思えない」
 ネット上には、欠席した記者たちに対してこんな批判がある、との
ことで、仰天です。

 この取材方法で、取材源を真っ向から批判する記事を書けるわけが
ないことは、この7年8カ月のTV報道や大手新聞各紙を見れば一目
瞭然です(ほんとうに残念…)。海外の大手メディアでは、権力との
接触を(たとえコーヒー一杯でも)禁止する内部規定があるほどで、
記者は権力がどれだけ「マスメディアを抱き込もうと常に狙っている」
か、警戒しすぎるほど警戒すべきところなのですが…。
 上記“批判”は、その認識が甘すぎる、と言わざるを得ません。

 欠席した記者の方々を心から応援します。
 
 そろそろ菅首相の「パンケーキで親しみやすさを演出する」作戦の
賞味期限も切れるころです。公の記者会見で、言葉を尽くして説明する
ように、メディアは迫ってください。

菅首相と記者たちのオフレコ懇談会 1



 菅首相が、複数の記者との「オフレコ懇談会」を開催した、との
こと。
 内閣府担当(つまり自分に一番張りついてくる)記者たちを、言葉
を選ばずにいえば「丸め込む」甘い誘いを、さっそくかけてきました。

 この誘いを断り、欠席した記者も複数名います。
 例えば朝日新聞、東京新聞、毎日新聞、京都新聞など。


● 会食ではなく会見を 菅首相との記者懇談会に東京新聞は欠席 (東京)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/59447?fbclid=IwAR0VQ8Zy2MASaHpYuSw-3zDHlAh3P2QEP1rRCyvjccvKhttfSwzTx6SY9Zc


● 菅首相、内閣記者会の所属記者と懇談会 朝日新聞は欠席 (朝日)
 https://www.asahi.com/articles/ASNB3332RNB2UTFK020.html

 
 当会のFB記事でも何度も書いてきましたが、マスメディアが権力と
「懇意」になることで情報をとる、という「抱きつき取材」の方法は、
「権力(ネタ元)を批判する記事を書けなくなる」という致命的な
デメリットがあります。毎日顔を合わせるだけでなく、笑顔を向け、
親切に言葉をかけてくる人を、悪く書くことができにくくなるのは、
まぁ人情からいえば当然のことで、権力(首相)はそれを分かってる
上で、「仲良くしよう」と近づいてくるのです。
向こうは、いつだってしたたかです。

 自分だけはちがう(どんなに仲良くなっても毅然と批判記事を書け
る)と思っている記者がいたら、それは甘いと言わざるを得ません。
この7年8カ月のTV報道や大手新聞各社の報道を見れば、「抱きつき
取材」の結果どのような報道がされたかを見れば、一目瞭然でしょう
。。。(涙)

 欠席された記者の方々には、「国民の知る権利に応えるために、
しっかり距離を取って取材しなければ」、という意識がある証拠。
心から敬意を表します。
 「抱きつき取材」の方法を取らなくても、取材と報道のやり方は
いくらでもあるでしょう。もっと地道な調査報道、あるいは市民目線、
弱い立場にいる人々にスポットライトを当てた記事など、意義ある
報道もできるはず。

 首相は、まともに記者会見を開きません。
 自身の言葉で、自身の言動や政策について、堂々と、記者会見で
国民に向けて語る義務があります。オフレコでコソコソ語るのではなく、
語るべきことを公の場で記者会見で語る。オフレコ懇談会を欠席した
記者たちは「この基本を守れ」と、訴えているとおりです。

人事介入がなぜ「学問の自由」の攻撃なのか



 先だってのFB記事でも簡単に「学問の自由」について書きました
が、日本学術会議の人事に政府が介入したことと「学問の自由」との
関係、ピンと来ていない方は少なくないようです。
 学問の切磋琢磨のコミュニティに権力が口を挟無ことは許されない
んだ、という条文である、という理解が、少しでも広まればいいな
と思います。朝日新聞に、分かりやすい解説の記事があったので
ご紹介しますね。

● 「批判的な研究者を狙い撃ち」 任命除外、識者の見方は (朝日)
 https://www.asahi.com/articles/ASNB27V60NB2UTIL04Q.html



 ぜひ記事全文をお読みください☆
 下記では、ほんの一部だけ、抜粋します。

>木村草太教授
 憲法23条は「公的学術機関による人選の自律」も保障しており、
今回の人事介入は学術会議の自律を侵害している。学問の自由に、
公的研究職や学術機関の自律が含まれるのは、一般的な解釈だ。


>江藤祥平准教授
 日本学術会議は大学ではない。しかし、日本学術会議法が冒頭で
「科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献
し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」とする
と明記していることを考えれば、同会議が「学問の自由」の実践と
深くかかわる組織として設立されたことは明らかだ。3条で職務の
独立性を強調しているのも、同会議の自律性を大切にしているからに
ほかならない。
 さらに17条は、同会議の会員への推薦の基準を「優れた研究又は
業績」という専門家集団でなければ判断しえない事柄に委ねており、
そうした知見を持たない内閣の任命拒否を想定していない。

 こうした同会議の特質を考えると、理由を明らかにせず候補者の
任命を拒否するのは、同会議の自律性に対する侵害であり、自律性を
守る盾である「学問の自由」への挑戦といえる。

Q.日本学術会議への人事介入は「学問の自由(23条)」とどう関係あるの?

 
 学問の自由(憲法23条)は、単なる「個々の研究者が自由に研究
する自由」にはとどまりません。世界の真理を探究する研究者たちが
切磋琢磨し合うコミュニティの活動に政治権力は口出ししてはいけな
い(自律性を確保する)、という制度を保障した条文だ、というポイ
ントにこそ意義があります。
 難しい言葉でいうと「大学の自治」を保障している、といいます🖊


 個々の学者の研究や発表の自由は、思想信条の自由(19条)や
表現の自由(21条)でも保障されています。それももちろん23条
は保障しますが、さらに、研究者たちが批判・検証し合い「知」を
蓄積していくプロセスそのものが、文化や科学の発展あるいは国民の
福祉にとってとても大事で、そのコミュニティの自律性自体を保障
しなきゃいけない、と23条は考えているわけです。
政治が「その研究はムダ/この学者は有能」と介入しては、ぜったい
にいけないのです。

 当然、日本学術会議も学問コミュニティの1つで、23条で自律性
が保障される組織。「日本学術会議の人事がどうなったって個々の
学者は自由に研究できてるじゃん(学問の自由はまったく攻撃されて
ないじゃん)」という言説には、流されないようにご注意下さい。

 23条の意義、について簡単な解説でした🍀


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