柳澤×前川 対談本出ます!


 あすわかが『憲法カフェへようこそ』シリーズでコラボした柳澤協二
さんと前川喜平さんの対談本が出版されます!
 
 題して『官僚の本分』☆彡



*:.。..。.。o○*  あすわか大阪による紹介文 :.。..。.。o○*:.。

☆「官僚の本分」の出版☆

 あすわかが何かとお世話になってきた柳澤協二さん(元内閣官房副長官補」
と前川喜平さん(元文部科学事務次官)が対談本を出版されます。

 タイトルは、「官僚の本分」
 安倍政権下で進んだ官僚の変質。これは政治主導ではない。行政府が日本
の行く末ではなく総理の利益だけを考えるようになったということだ。官僚
の間で「事務次官の乱」と呼ばれる著者2人が、官僚のあり方、政治との関係
の取り方、安倍政権の問題点を縦横に論じ合う。

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ka/1110.html


 本文には全く出てきませんが、あすわか大阪周辺メンバーと柳澤さんとの
おしゃべり会@新大阪駅の居酒屋がきっかけで企画された対談本です。
 実は、今年の5月にお2人の講演&対談をあすわか大阪がプロデゥース
する予定だったのですが、コロナ禍の影響で、企画の発表直前に延期に
なったんです(泣)。

 またいつか、リアルでもお二人の対談を企画できたらいいな。
 それまでは、ぜひこちらの本をお楽しみ下さい。
 あすわかとお二人のコラボ本もオススメです。

(あすわか+柳澤協二さん)
「憲法カフェへようこそ2
   憲法カフェで語ろう9条・自衛隊・加憲」

http://www.books-kaze.jp/bookcart/goodsprev.cgi?gno=km0965




(あすわか+前川喜平さん)
「憲法カフェへようこそ3
      イマドキ家族のリアルと未来」

http://www.books-kaze.jp/bookcart/goodsprev.cgi?gno=km989


9条と24条は平和にとって車の両輪


 平和について考えるとき、どうしても9条ばかりが注目されがちですが、ぜひ 24条に目を向けてみて下さい。


 婚姻の自由や家庭における両性の本質的平等を定めた日本国憲法24条は、 その草案(byベアテ・シロタ・ゴードン氏)を見ると、家制度が許した父親や 夫による支配を家庭から排除する趣旨がはっきり分かります。男性(父・夫)の 暴力と支配を排除できなければ、「両性の本質的平等」も「個人の尊厳」も 到底実現しえない、という確信もまた明確です。

 このことは、平和は人権であるとさえ宣言する日本国憲法の平和主義を考える 上で、とても重要な点です。
 反戦非暴力の国家を作るためには、スケールの大きい国際政治で対話外交を進め るだけでは不完全で、戦争さえなければ人はみな“平和”かと問われれば、そうでは ないからです。  国が戦争していなくても、困窮して住む場所がなかったり、学校や会社でいじめ られていれば、「平和」とは程遠いですよね。憲法はそのことに気づいているから、 「戦争放棄」だけではなく「平和的生存権」まで保障しているのです。
 日本国憲法は「恐怖と欠乏」から免れて初めて平和のうちに生きることができる、 と前文で明かしています。どんなに武器を持たない国家に暮らしていても、家庭内 で虐待されたり暴力で支配されている限り、その人に平和は永遠に無い。
 反戦非暴力な国家を実現し、平和的生存権が実現されるためには、「非暴力な 社会」が構築されなければならず、そのためには「非暴力な家庭」が「非暴力な 個人」を育てる必要があります。  家庭から「力による支配」を排除して各個人の尊厳と平等を守る24条は、反戦 非暴力・平和的生存権の実現にとっては、9条と二人三脚な重要な意味を持つのです。


 性差別の根深さと平和は、ものすごい関係が深いことを、ぜひ知って下さい。  性差別に無関心な人が叫ぶ「平和」が、どれだけ空虚か、も。


* 9条だけでは反戦・非暴力な国家を作れないこと、家庭から暴力(男性による 支配)を排して尊厳が守られた非暴力な個人を育てることが必須であること―。
24条がいかに平和にとって重要か、精緻に書かれています✨ぜひご一読を💡
『右派はなぜ家族に介入したがるのか 憲法24条と9条』(大月書店)

* 憲法9条は大好きだけど24条ってなに?
 実は、戦争と「国家の家族への介入」は、無関係どころか無二のペア。国家に 命を捧げられる人間を育てる上で、家族と家庭教育の統制は必須だからです。 9条改憲の陰で進む24条改憲の歩み、ぜひ知ってください。
『イマドキ家族のリアルと未来』(かもがわ出版)

首相の式辞 「積極的平和主義」



 全国戦没者追悼式での首相式辞について、1つ指摘し忘れたことがあります。
 「積極的平和主義」です。

● 全国戦没者追悼式 安倍首相の式辞全文 (毎日)
 
https://mainichi.jp/articles/20200815/k00/00m/010/074000c


<一部抜粋>

 戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いて
まいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら
、世界が直面しているさまざまな課題の解決に、これまで以上に役割を果たす
決意です。


<抜粋終わり>


 現政権は、発足した2013年から「積極的平和主義」という言葉を安全
保障戦略の中で使い始めました。
 9条のことかな?と思われがちですが、実は…
 「積極的平和主義」とは、定義こそされていませんが(定義してほしい)
閣議決定された「国家安全保障戦略」を読んでみると、つまり「敵」を見定め
てそれに対する防衛(軍事)力を増強し、日米を中心とした同盟関係を強化し
ていく、という発想のことだということが分かります。
 憲法9条の反戦・非暴力とはまったく異なるもののことだということ、ぜひ
知っておいてください。

* 日本平和学会のサイトをぜひご参照ください
https://www.psaj.org/2015/08/15/21-%e5%ae%89%e5%80%8d%e6%94%bf%e6%a8%a9%e3%81%ae%e5%9f%ba%e6%9c%ac%e6%94%bf%e7%ad%96%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6-%e7%a9%8d%e6%a5%b5%e7%9a%84%e5%b9%b3%e5%92%8c%e4%b8%bb%e7%be%a9-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e8%a8%80%e8%91%89%e3%82%92%e3%82%88%e3%81%8f%e8%81%9e%e3%81%8d%e3%81%be%e3%81%99%e3%81%8c-%e3%81%93%e3%82%8c%e3%81%af%e4%bd%95%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%a7%e3%81%97%e3%82%87%e3%81%86%e3%81%8b/

 軍拡と同盟強化って、それのどこが「平和」主義なんだろう、と素朴な疑問
がわきますが、不誠実な言葉の使い方が目立つ現政権の常套手段かな、と思い
ます。


 対話による外交をリードしたり、あるいは貧困や差別など“戦争の芽”を摘ん
で暴力の生まれない社会を作ることが、本来、平和学で使われてきた「積極
的平和」であり9条の理念です。資源が無く攻撃されやすい地形で高齢化が
進む一方の日本には、きわめて現実的な外交手段…と思うのですが、それと
真逆の姿勢をとる現政権が「積極的平和主義」という言葉で(戦闘機の爆買い
や敵基地攻撃能力の保有の検討など)軍拡を進めるのは、とても危うく、憲法
上許されないのではないでしょうか。

全国戦没者追悼式 安倍首相の式辞



 今日の、政府主催の全国戦没者追悼式での安倍首相の式辞です。


● 全国戦没者追悼式 安倍首相の式辞全文 (毎日)
 
https://mainichi.jp/articles/20200815/k00/00m/010/074000c


<一部抜粋>

 今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上
に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して
忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念をささげます。
 いまだ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。
一日も早くふるさとにお迎えできるよう、国の責務として全力を尽くして
まいります。
 戦後75年、我が国は、一貫して、平和を重んじる国として、歩みを進めて
まいりました。世界をより良い場とするため、力の限りを尽くしてまいりまし
た。
 戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いて
まいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら
、世界が直面しているさまざまな課題の解決に、これまで以上に役割を果たす
決意です。


<抜粋終わり>  


 先だってのFB記事でも書きましたが、「尊い犠牲」あっての平和と繁栄だ
、という表現は危うさを感じます…。

 どんなに怖くて、無念な思いで死んでいったか、思わずにはいられません。
 これは首相、つまり権力側の式辞です。
 首相が、当時の政治権力に侵略のための消耗品のように扱われた方々を追悼
する時に出てくるべき言葉は、まずは謝罪なのでは。命も人権もこっぱみじん
にした側が、「尊い犠牲」に「敬意と感謝」だけ述べても、「誰一人として
政治の犠牲になんかしてはいけない」という決意があるのか明瞭ではなく不安
になります。

 戦争へと暴走した政治の責任について言及がないのは、とても残念です。
 二度と繰り返さないためには、あの戦争が「なぜ起きたのか」「なぜ誰も
止められなかったのか」の検証が不可欠なのに。

 核兵器禁止条約への言及もなければ、反戦平和への具体的な取り組みも正直
見当たりません。
 「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫い
てまいります。」という言葉にふさわしい行動がなく、決意への疑念は否めま
せん。

“敗戦”記念日  未来を生きるために過去を忘れない2


 敗戦まで国民は日本軍の劣勢を知りませんでした。

 政府による徹底的な情報統制により、マスメディアは翼賛記事しか書けず、
およそ正確な報道など不可能だったからです
(全滅→「玉砕」、撤退→「転進」と造語で美化・曖昧にされたり)。

 うすうす敗戦に勘付いている人も少なくなかったはずですが、それを公の
場で言えば、たちまち検挙されてしまうので、言えるわけがありませんでした。


 言論の自由や報道の自由が奪われた結果、国民がどうなったか、忘れては
いけません。

 私たちは言いたいことを自由に言えているのか。
 権力への批判を、自由にできているのか。
 マスメディアは、正確な情報を報じているのか。
 権力を監視できているのか。おかしな「どっちもどっち」的な記事はないか。
 権力の顔色をうかがう中途半端な記事になっていないか。


 「もの言えぬ社会」が戦争を生み出しました。
 自由のありがたみは、「自由が無い状態」になって初めて分かります。
 この国の多くの人は今、ありがたいことに戦争や激しい弾圧があるわけでも
ないので、それを想像することでしか感じることはできません。

 同じ道は、決してたどらないよう、何度でも歴史を振り返りつづけましょう。

 
* 憲法カフェのご依頼、お待ちしています!
(オンラインも大歓迎)
 ご依頼方法は↓
https://www.asuno-jiyuu.com/%e3%80%8c%e6%86%b2%e6%b3%95%e3%82%ab%e3%83%95%e3%82%a7%e3%80%8d%e9%96%8b%e5%82%ac%e3%81%ae%e3%81%94%e4%be%9d%e9%a0%bc%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/

“敗戦”記念日  未来を生きるために過去を忘れない1



 空襲の時は逃げずに火を消せ、という命令で市民が焼死「させられたり」、

 米軍への投稿を禁じて集団自決を強いたり、方言で会話するとスパイだと
いいがかりをつけて殺したり。


 いざとなれば権力も軍隊も決して国民を守らないことを、絶えず思い返し
ましょう。

 https://www.min-iren.gr.jp/?p=5443


 未来を生きるために、過去を忘れない。
 戦争のない自由で平穏な社会で生き続けるために、記憶を継承しつづける。

 憲法97条からのメッセージです。


“敗戦”記念日  「尊い犠牲」なんて言葉は使わない



 日本の第2次世界大戦で亡くなられた方々への「尊い犠牲」という表現には
警戒が必要です。

 いまや軍人・軍属の戦没者は6割が餓死との説が有力で、勝算のない無謀な
作戦での病死も多く、軍部の無為無策による死をドラマチックに美化して責任
の所在をうやむやにしかねません。
 兵隊さんが華々しく喜んで「戦陣に散った」から、今の日本がある、なんて
めちゃくちゃな理屈には付き合ってはいけません。

 誰もが自由に平穏に生きたかった。
 死ぬ必要なんてなかった。
 ショッキングな言葉ですが、「無駄死にさせられた」としかいいようがない。

 尊い犠牲の上に今の日本がある、のではなく、生き残った人たちが必死に
がんばっただけです。犠牲は不要でした。


 平和は、自由を行使する前提です。
 二度と、
 もう二度と、権力に無駄死にさせられる人が出ないよう、
憲法に忠実な政治を、憲法にのっとった社会を、求め続けましょう。



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